えみこ日記

結果がよければ手段を選ばず?

2006.06.17 Saturday

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     昨日一般質問を終えました。
     3月議会後、小中一貫教育のモデル校設置計画について、地域への説明会が順次開かれたが、ほとんどの地域で反対・凍結を求める声が多いこと、また計画の白紙撤回を求める請願等も出されている状況を、市長や教育長はどう感じているか、謝罪も含めて答弁を求めた。
     
     しかし、市長や教育長の答弁を求めているのに、最初の答弁は学校教育部長から、従来繰り返し答弁している内容。再質問で、「市長・教育長の答弁を求めているのだから・・・」と、再度市長の答弁を求めた結果、ようやく市長から私の質問の意図を全く理解していない答弁がありました。
      
     他市の議会を傍聴して分かったことは、一般質問は、最初に市長答弁があり、それから詳細については担当部長の答弁というのが普通です。なのに、八潮市は、(市長与党を自認する)自民クラブの一部の御大からの質問以外は、市長を指名しても市長から答弁がほとんどなく、担当部長答弁に終始している現状です。これって、能力の差に起因することなのでしょうか?
       
     市長の答弁は、「八潮の教育を何とかしなくてはいけない。これは誰でも感じていることです。矢澤さんも教育については造詣が深いと思っている。ならば議員として、政策的に取り組むべきではないか?新しいことをやろうとすれば、必ず反対意見は出てくる。」
     
     私は、小中一貫教育そのものでなく、地域に何ら説明もなく突然の記者発表後、今年の夏休みに校舎を改修する予算を3月議会に出すという性急な進め方についての是非を問題としているのです。

     続く大久保議員の質問に対する答弁の中で、「政治家は結果を出さなければ、結果がよければ手段はどうでもいい。手段が良くても、結果が悪ければ・・・」と半ば居直りとも感じられる発言がありました。
     しかし、この場合の結果というのは、今の八潮市の児童・生徒の学力を伸ばすことや不登校を減らすことであろう。当事者や関係者を無視した市長の思いつきでは、本当にいい結果が出るとは思えない。

     新しい事業を始めるにあたっては、色々なリスクを事前に把握し、対応策を考えておく必要がある。用意周到に準備しても、予測できない問題が必ず生じるのが常であろう。そういった新しく生じた課題を解決する為にも、事前の関係者間のコンセンサスが必要であり、当たり前の話だと思うのですが・・・皆さまはどのようにお考えでしょうか?

     

    本物を知るよろこび

    2006.06.14 Wednesday

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       「管弦楽で校歌斉唱 釜石・橋野小中 仙フィル出張」         2006年06月13日河北新報より引用

      引用始まり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       仙台フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによる「スクールコンサート」が12日、岩手県釜石市橋野小中学校で開かれた。
       同校の全児童生徒25人のほか、地域住民らも参加した。

       仙台フィルのメンバーは、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲やブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」などのクラシック音楽を演奏。「もののけ姫」「となりのトトロ」といったアニメ音楽も披露した。
       子どもたちはコンサートの最後に、プロの演奏で校歌を斉唱した。中学3年の佐藤しおりさん(14)は「初めてのクラシックコンサートは感動的だった。機会があったらまた聴きたい」と喜んでいた。

      …・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用終り

       コンサートは地域の未来を担う子どもたちを支援する東北電力の「放課後ひろば」プロジェクトの一環とか。この放課後ひろばには4つのひろば(芸術文化の広場、社会のひろば、スポーツのひろば、科学のひろば)に別れています。詳しくは http://www.tohoku-epco.co.jp/kids/after_school/
       
      先日、お茶大教授の耳塚寛明氏が次のような趣旨のことを書いていました。
       「今、経済格差の多寡が進学機会を制約してしまうことを危惧する声が高まっています。事実、高所得者層の子どもほど大学進学率が高いし、いわゆる難関校といわれている学校では、特にその傾向が高いといわれています。
       しかし、経済格差から生じる問題は、奨学金等の経済支援の拡充によってある程度解決できると思う。
       しかし、経済格差のように、目に見える格差のみならず、もうひとつの隠れた格差とも言うべき家庭の文化的格差も進学機会を制約する大きな要因ということです。そして、こちらの格差の方が本当はずっと深刻な問題なのです。
       高学歴の家庭に育った子どもは、無意識のうちに備わることが多い文化的環境ー例えば書籍の山、美術館や博物館等の文化的体験、視聴するテレビ番組、毎日の茶の間の話題なども学力に影響します。文化的環境体験が豊富な子どもに、体験のない子どもが追いつくには、格段の努力が必要とされます。」と。

       子どもは親を選べない状況ですから、その格差を埋めることに企業や行政の支援が必要なのではないでしょうか。
       私は「幼い時に本物に出会う喜びを体験させたい」と思い、自分の子どもには様々な体験を意識的にさせています。子どもが小さい時は、よく近所の子ども一緒に連れて、映画を見に行ったり、美術館に行ったりしました。

       中川小のPTAの会長をしている時、その年のバザーの収益金50万円でオーケストラを呼び、地域の人も招待し、本物の音楽を聞く機会を作りました。そして、最後に、このニュースにあるようにオーケストラの演奏で、子どもたちが校歌を歌いました。この貴重な体験は、きっと子どもたちの心の中に深く記憶されていると思っています。
       
       先日、奈良県の田原小・中学校を視察した際、聞いた話ですが、奈良県は総支出に占める教育費の割合が高く、上位3番目になっています。他の自治体同様財政状況が悪いけれど、年々のカット率は一律カット方式でなく、教育費についてはカット率が低いと聞きました。そしてさらに驚いたのは、各学校ごとに企画を出すと(例えば全校児童がライオンキングのようなミュージカルを見る計画とか)それについて予算がつくということです。学校規模によって異なりますが、小規模校でも最低100万円ぐらいの予算があるとか・・・
       こういう行政の支援も影響しているせいか?奈良県の大学進学率は日本一ということです。
       

      ユーザーズ・ポイント・オブ・ビュー(利用者の視点)

      2006.06.08 Thursday

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         かつて日本一と言われた秋田県鷹巣町の高齢者福祉が、逆風に見舞われている。きっかけは3期12年務めた元鷹巣町の町長の岩川徹氏が、03年の町長選挙で、合併推進派の岸部陞氏に敗れた為です。

         たいていの人は「政治」なんて遠い世界の話、と感じているかもしれません。しかし、衣食住はじめすべての生活が、本当は政治の動きと密接に結びついています。鷹巣の福祉の後退は、そのことを如実に語っています。
         政治が遠く感じられるのは、政治家側の責任もありますが、きついことを言うようですが、「何でもおまかせ」という有権者側の責任もあるのではないでしょうか。

         人口わずか2万人強の秋田県鷹巣町は、今では珍しくありませんが、日本で初めて「個室&ユニット型」の老健施設『ケアタウンたかのす』を建てた町です。
         1991年に誕生した岩川徹町長は、就任直後に、地域住民の声を聞いて回った際、住民から一番要望の多かった「老後の不安の解消」を解決しようと決心しました。翌年、すぐにデンマークを視察し、そこで重度の要介護者も手厚い介護システムによって、当たり前に自宅で暮らしている様子を目の当たりにして、カルチャーショックを受けました。帰国後ホームヘルパーを増員し、日本で初の24時間の訪問介護を取り入れました。

         当時の鷹巣町の様子は、羽田澄子監督の『住民が選択した町の福祉』、『問題はこれからです』の鷹巣町をテーマとした2つの映画が、八潮市でも実行委員会形式で上映されたこともあり、多くの方の記憶に新しいと思います。 
         岩川町長のすごいところは、ご自身も何度もデンマークに視察に行っているだけでなく、町の職員や民生委員、町民も一緒に参加させ、トップクラスの施設や在宅介護の実情をじかに見せたり、体験を重ねさせていることです。そしてこれが、ワーキンググループという町独自の住民参加運動へとつながるのです。わずか2万人強の小さな町で、50人以上の住民が、様々な高齢者ケアについて、提言し、時には実行者になるワーキンググループの存在は、私にはとても羨ましく感じました。

         鷹巣の福祉のシンボルともいえる『ケアタウンたかのす』は、ハードばかりではなく、介護の現場のソフトも利用者の立場に立った柔軟な仕組みが導入され、職員が動きやすいような取り決めではなく、おむつ交換から起床、食事時間など利用者に合わせるといった、入居者の要望にあわせて職員が動くようになっている。当時の施設運営では珍しいことでした。職員数も、国基準の3対1から、できるだけ1対1に近づけようと、2対1は切っていて、確か1.5人に1人という配置でした。

         私は数年前の小雪の降る中、縁があって『ケアタウンたかのす』を訪れたことがありますが、施設に一歩足を踏み入れたとたん、誰でも「自分が要介護状態になったら、こんな施設で暮したい」と思うに違いないと実感しました。
         これほど進んだケアを行っていた町が、03年に行われた「町長選挙」をきっかけに一変します。「病院長」が新しい町長となりました。病院を経営している人だから、さぞかし医療や福祉に対して進んだ考えをもっているだろう、と思いきや、ところがとんでもないのです。

         新町長は、「福祉で全国一にならなくてもいい。身の丈にあった福祉で十分」とこれまでの町の方針を頭から否定し、元気な老人のためのミニデイサービス廃止、町のなかにあったグループホームも閉鎖。町は広域合併で「北秋田市」となるのですが、全国に先がけて「虐待防止」を宣言した「安心条例」も、05年9月の議会で廃止されてしまいます。、「条例があると、介護者の負担になる」というのが、その廃止の理由です。「高齢者虐待防止法」が成立し、国をあげてお年寄りへの虐待をやめましょうと呼びかける時代に「逆行」する決定をしたのです。

         さらには「ケアタウンたかのす」が、町からの予算を削られて、現場のリーダーだった有能な人材が次々と退職へ追い込まれました。

         こうして岩川前町長やワーキンググループの人々が、十数年の歳月をかけて築いてきた福祉、ケアの財産が消えてしまいました。建物でも、ケアのしくみでも、築きあげるには長い時間と、大勢の努力が必要で、簡単ではありません。しかし、壊すのは一瞬でできてしまいます。いったん壊せば、再生するのは至難の業です。

         政治の世界は、ある意味で壊したり、つくったりのくり返しで成り立っています。重要なのは「誰のために、何を目的として」それを行うかです。
        言い換えれば、故外山義さんが言ったように『ユーザーズ・ポイント・オブ・ビュー』が本当に生かされているかではないでしょうか?このことは、単に福祉だけでなく教育や他の多くの施策にも共通することだと思いますが・・・

         岩川さんの筋の通った崇高な考えに共鳴し、協力者となったジャーナリストの大熊一夫さん、元厚生省職員でケアタウンたかのす専務理事の飯田勤さん、やはりジャーナリストの大熊由紀子さん、映画監督の羽田澄子さん、もと京大大学院教授の故外山義さんと岩川徹元町長の5人が編者となった「こんなまちなら老後は安心!」を読んで、改めて政治に関るひとりとして、責任を痛感しました。
         鷹巣町の出来事は、この町だけの話ではなく、どんなリーダー(首長)や議員を選ぶかによって、私たちのまち、ひいては日本全体の運命にも重なってくるのだと・・・ 
         大熊一夫さんは本の前書きで次のように述べています。
        『時計の針を12年前に逆戻りさせてしまった諸々の要因が頭をよぎります。しかし、打ち沈んでいる時期は終わりました。未来への新しい道筋を描く時来たれり、です。その第1のステップとして、僕たちはこの本を作りました。人口約2万の鷹巣町は近隣3町と合併して人口約4万の北秋田市に生まれ変わりました。となれば、酒どころ秋田にふさわしく、真新しい器には新しく仕込んだ極上の美酒を・・・といきたいものです。』と。

         羽田澄子監督の『鷹巣町のその後』の上映会を計画しています。極上の美酒のヒントをみんなで一緒に考えましょう。